かぐわしきは 君の…
   〜香りと温みと、低められた声と。


  “七夕の宵に”(番外編)


   〜カレンダーのみならず、
    お話の進行もちょっとフライングしております。
    最聖人のお二人へは、
    あくまでも友情関係以上を求めてないですという方は、
    お読みにならないほうがいいかも知れません。


日本では七月七日に“七夕”という行事があるそうで。
天帝の娘神で機織りの名手だった織女へ、
優秀な牛飼いの牽牛という男神を引き合わせての結婚させた。
ところが、お互いがとても気に入ってしまった二人は、
自分の仕事もそっちのけでただただ仲よくしているばかり。
神々の着物は織られぬままだし、神々の牛車をひく牛たちの世話もほったらかし。
それはけしからぬと怒った天帝様は、
彼らを強引に引き離し、
天穹随一という広く大きな天の川の、両岸それぞれという、
まずは逢うこと叶わぬ地へ離れ離れにしてしまう。
愛する人にもう逢えぬとなった二人はひどく哀しみ、
その憔悴の様はあまりに痛々しかったため、
天帝様も、さすがにこれは哀れと思われ、
年に一度だけ、天の川へカササギたちに橋を架けさせ、
その上で逢ってよしとの許しを出されて。
そんな逸話から、
七夕の晩は恋人たちがいそいそと逢瀬を待つ、幸せな宵とされている。



 「…って、愛子ちゃんが教えてくれたんだ。」

最近の幼稚園では、
そんな悲恋なんていう難しいことを教えるんだねと。
大の大人が、そうまで幼い子供から何を教えられているのやら。
しかもしかも、何だか着地が斜めだったイエスの言いようへこそ、
微笑ましいなぁと感じ入ってのこと、深色の目元をたわめてしまったブッダであり。

 「そのお話なら、私も聞いたことがあるよ。」

丁度、卓袱台へ売り出しのチラシを広げていたところ。
今宵の晩ご飯のメイン、
三色丼のトッピングにするキヌサヤの、スジを取っていたのだけれど。
そこにも、七夕セールという大きめの活字が躍っており、
節分の恵方巻きとか、クリスマスのケーキほど、
七夕にはこれを食べなきゃという習慣はないようだったが、
笹かざりのイラストがあちこちに散りばめられていて、

 「大人の背丈くらいの、枝振りのいい笹に、
  色紙で作った飾り物や短冊を吊るして飾るんだってね。」

 「? クリスマスツリーみたいにかい?」

いや、これはどちらかというと中国由来の風習だそうだから、
キリスト教とは関係ないよと、ブッダがにっこり笑って仔細を付け足す。

 「そもそも笹を立てるのは、
  天帝に此処ですよと示す目印なんだって。」

地鎮祭とか神道系の祀りの儀式で、
地に立てた笹にしめ繩を渡して
祈祷の場を四角く囲うのも そんなところからだそうな。
七夕の笹へ色紙を飾ったのは、
大元は布を吊るしていたのが時代を経て移り変わったもの。
織姫にあやかりたいとしたのが始まりだったのが、
紙を提げるようになってお習字や習い事の上達祈念と化し、
上達するぞという誓いっぽい代物だったのが、
いつの間にやら神様へのお願いになっているのが昨今で。

 「クリスマスの習慣と混ざっちゃったのかなぁ。」
 「う〜ん、どうだろう。」

最近になっての変化というなら、案外とそうかも知れないねぇと来て。
天世界サイドの最聖人のお二方にも、
詳しい経緯は判らないらしい。(う〜ん)
それはともかく、

 「とっても遠いところへ引き離されてて、年に1度しか逢えないなんてね。」

小さな子供っぽくデフォルメをされた、
平安、いやいや奈良時代風の衣装をまとった男女、
織姫と彦星らしいイラストを見やりつつ。
卓袱台へ肘をついての頬杖ついたイエスが、
ちょっとばかり感に入ったような声となり、

 「今や人の子だって、
  飛行機を使えば地球の裏側へだって、2、3日で到達出来る時代だってのにね。」

遠ざけられるなんて、あんまり障害とは言えなくなっちゃったねと、
いかに古いおとぎ話かという言い方をしたものの。

 「…でもねぇ。」

手元のキヌサヤから視線を上げての、でも ではどこを見ているものか。
ブッダが少々言葉を濁して言ったのが、

 「方法や手段はあるからって逢えはしても、
  そのまま一緒にはいられない人もいるんじゃない?」

 「そっかな。」

意外な人からの反駁へ、
少々目許を眇めつつ、小首を傾げたイエスだったのへ。
例えば…手掛けている仕事の関係とか、
ああうん、どこでだって覚悟や意欲さえあれば働けるものだけど、
そういう方向ばっかじゃなくて、

 「その職場が、自分が離れては立ち行かぬとなれば、
  ただ見切るってわけにもいかないでしょう?」

言葉を尽くし、そういう見方もあるんだよとしたブッダなのへは、
彼には思わぬ盲点だったのか、
ふ〜んと感慨深げに瞬きをしつつ、
少しほど反芻してみたらしきた相方さんだったものの。

 「そうだね、そういうのはあるかもしれないね。」

そこはお互いに人を導く立場にいただけに、
そして、地上でのみならず
天からも、様々な人間模様とやらを見て来ただけに。
しがらみというのでもなくの、でも、
周囲の人々との関わりとか、
これまで世話になったのにという恩とかを思うと、
ただ当人の意志決定だけで動けぬ人もいるんだろうなと。
人の世の ちょっぴり切ないそんな道理は、ようよう判る彼らでもあって。
それに、

 “私たちだって 天世界へ戻れば…。”

恐らくイエスは気づいてもいないこと。
彼らのそもそもの居場所は、極楽浄土と天の国という別な雲上であり。
どちらも聖人らのいる幸いな処ではあるが、
その成り立ちも、管轄もくっきりと異なるし、
規律も空気も随分と違う。
そんな世界での、しかもそれぞれ責任ある立場にある者同士ゆえ、
何とか算段して時間を作ってという逢い方は出来るだろうけれど、
こんな風に、ただ漫然と一緒に過ごすだけなんていう他愛ないことは、
夢のまた夢とされてしまうのだ。

 「………。」

いっそのこと、気づかないままでいた方がよかったのかなぁ。
ただの気の合う友人ってだけだったらよかったんだろうか。
どうしてこうも気を惹かれるのか、判らないままにしておけば、
こんな些細な例えばにさえ、怯むことなんてなかったはずで。
眼差しの真っ直ぐさも、
低められたらドキドキする声なことも、
感情に左右される匂いや、思わぬほどの肌の熱さも。
いっそ知らないままでいたならば、
それらを失うかもしれないなんていう、まだ来ぬ“もしも”へ、
こうまで臆病になんか……。


 「……ッダ、ブッダ? どうしたんだい?」
 「え?     え、え、なに?」

何かしら話しかけられていたらしく、
返事がないのへ、何を上の空でいるのかと、案じられでもしたようで。
いやいやいやいや、何にも疚しいことなんて考えてはいませんよと、
慌てて我に返ったその焦燥ぶりがまた、怪しいとでも思われたものか。

 「…ふ〜ん?」

丸い卓袱台の、でも真正面同士という座り方ではなかった狭間、
卓へ手をつくと、ちょっとだけ腰を上げての立ち上がり掛かりつつ、
ひょいと間を詰めて来たイエスであり。

 “…え?”

何なになに、私ってば何を聞き漏らしたのかなと、
もしかして不機嫌にさせちゃったかななんて、
妙に及び腰になっていた最聖開祖の片割れ様の。
その懐ろの内というほども間近へ、
相変わらずの衒いなく、ひょいと寄って来た神の和子様で。

 「…あ。//////」

ここであからさまに避けてしまうには、
口惜しいかな、いろいろと蓄積があってのこと、
身が縛られての動けない。
顔に血が昇るのを見られるのが恥ずかしかったのは昔の話で、
気まずくての視線を逸らすという そんな微かな拒絶でさえ、
弾かれたように傷ついてお顔が曇るイエスなのが かわいそうだと思えたり、
間近で見ると吸い込まれそうな色合いの瞳をしているものが、
伏せられたまつげの陰で深色を増して、それはきれいなこととか、
そんな色々を勿体ないなと思えてしまうから………。

  惚気もたいがいにしてください、ブッダ様。(苦笑)

つまりは、大人として毅然としていられなくなるよな、
そんな振る舞いを彼へと招いたなんて、と。
私、何を聞き漏らしていたのかなと あたふたして戸惑っておれば、

 「ん…。」

まだ腰が浮いてたそのまま、こちらの視野の上へとイエスのお顔がすいと近づく。
至近へ座り込んでの直談判じゃあないなら一体何を…と、
怪訝に思っていたものが、

 「あ、待ってっ、」

微妙な間髪にて はっと閃いたのと、
制す間もなく、勇猛果敢な隣人の唇の感触を、額へ受けたのがほぼ同時。

 「あ……。////////」

柔らかで暖かで、何よりそんな行為が意味するところ、
愛しい愛しいという、睦みの愛咬だというのがブッダには大きい。
ちょんという可愛らしい接触だったにもかかわらず、
こちらもまた宝珠のような色合いの双眸が、驚いたように見開かれ。
そのまま忙しなく泳いだかと思ったら、

  ぶわっ、と

いきなりのこと、あふれるようにほとばしり出るのは、
ブッダのまろやかな肩や優しい背中を一気に覆う深色の髪だ。
先に可愛らしい睦みの時間を持てて以降、
額の白毫へ意味深に触れられたりすれば、その折の告白を思い出させるらしくって。
こんな、いきなり きすなんてされた日にゃ、
一気に集中力がたわんでのこと、螺髪を保っていられなくなるのだとか。

 「いえす〜〜。」
 「ブッダが悪いんだからね。」

取り乱すにも程があるという様相になったことへ、
何てことをと非難しかかったところ、不平という格好でも先手を取られてしまい。
やっとのこと、すとんと傍らへ腰を下ろし、視線を合わせてくれたイエスもまた、
茨の冠の下、切れ長の双眸を尖らせると、
物申すと言いたげな、ちょみっと険しいお顔をしておいで。

 「何を考え込んでいたのやら、
  いきなり私を放って 瞑想だか修行モードに入ったりして。」

 「してないって。」

どうだかねと、目元は眇められたままだったものの、
前髪もその他も同じ長さゆえ、
少しでもうつむくとお顔にかかる、
さらさらとすべりのいい つややかなブッダの髪を、
それは大事そうに扱う彼でもあって。
向かい合ってるそのまま、
肩のところへ双手を捧げ入れる格好で、前へと垂れてた髪を全部、
左右から背中のほうへと押しのけてやってから、

 「わ…。//////」

そのままぎゅうと抱きすくめて来るのが……ずるいと思うブッダなのだが。

 「きっと、天世界へ戻れば自分たちも離れ離れだとか思ったんだろう?」
 「……っ。」

あわわ、なんでと肩が震えた正直者へ、
はぁあと遣る瀬ない溜息をこぼしたヨシュア様。

 「ブッダって、何でもかんでも苦行にしちゃうけど。
  こういうことへまでってのは、ホント、辞めときなよね。」

一人で勝手に悶々として、
そんなのずるいんだからねと堂々の大威張り。
やはりやはり子供のような言葉足りずな言いようで、
そんなことをば言い切る彼だったが。

 “ずるいのはそっちだよぉ。//////”

頬にうなじにと長々たなびく豊かな濃髪のせいで、
印象も やや若々しくも幼さ…のようなものが増して見え。
実際、やや困惑気味なせいもあってのこと、
その内心で、目許潤ませ非難囂々という体のブッダ様であったりし。
だってだって、
イエス自身の双腕なんていう抗いようのない枷で閉じ込められて、
いい匂いのする懐ろに頭ごと抱き込められて。
恨み言だったからか、ちょみっと低められての響きのいいお声にて、
ずるいずるいと駄々っ子みたいに甘言を紡ぐだなんて。

 “逆らえるはずないし、
  何かもうもう 動悸がするのも止まらないし…。///////”

離れたら辛いなぁと思ってた何もかも、
聞こえていたかのように全部丸ごとくれた人のこと、
こんの意地悪〜〜〜っと恨めしく思ってたりするのだから。


  恋の山には孔子も仆
(たお)れとは、よく言ったものである。






     〜Fine〜  13.07.05.


  *要は、こういう間柄に辿り着くまでのお話にしたい
   こっちのシリーズな訳なのですが。
   書き手がおばさんなので、恥じらいもって書いてるものだからか、
   なかなかそれとは気づかれてなかったかもですね。
   あくまでも健全な、
   おもろい地上シェア噺しか求めていなかったのに…というお方には
   とんだお目汚しになっちゃいましたね、すみません。